世界中のフーディー(美食家)で知らない人はいない街、スペイン・サン・セバスティアン。人口1人あたりのミシュランの星の数が世界で一番多い街として知られている。なぜスペイン北部の人口20万人にも満たない小さな街がそんなグルメの聖地になったのか。それは、1970年代に地元の11人のシェフ(P4)が始めた「新バスク料理運動」(ヌエバ・コシーナ・バスカ Nueva Cocina Vasca)がきっかけだ。
1976年11月29日から12月2日にマドリッドで行われた、雑誌「グルメクラブ」の「ラウンド・テーブル」というイベントに、ヌーベル・クイジーヌ(「新しい料理」)の創設者ポール・ボキューズが招かれていた。「新しい料理」とはフランス料理の当時の新潮流で、バターを大量使用せずに軽く調理する、また、フランス宮廷料理のメニューの再現を目的とせずに、その日の市場で売られている旬な食材を使い、そこからメニューを考える等の特徴を持つ。
サン・セバスティアンの11人のシェフの代表として、今やミシュラン3つ星シェフであるファンマリ・アルサック(アルサック)とペドロ・スビハナ(アケラレ)の二人が聴衆として参加していた。二人は、ポール・ボキューズの話を聞いて「そんな考え方があるのか」と目から鱗が落ちた。二人は、翌年にリヨンのポール・ボキューズを訪ね、2週間、指導を受けた。
ポール・ボキューズでの研修を終え、サン・セバスティアン戻った二人はさっそく残り9人の仲間に報告した。そこで議論してわかったことは、実は「新しい料理」は、昔からバスク地方に伝わる伝統料理と同じ考えではないか、ということだった。海の幸、山の幸に恵まれたバスクでは旬の食材の旬な美味しさを生かすために丁寧に料理していた。そこで、11人で「新バスク料理」を作ろうと決起した。
「新バスク料理」とは何か。ミシュラン3つ星レストラン・アルサックのオーナーシェフ、ファンマリ・アルサックに聞いた。答えはこうだ。「1.忘れ去られた伝統的な料理を復活すること。2.間違えて伝わっている伝統料理を正しく直すこと、3.常に料理を進化させること。この3つの定義だ。」
11人のシェフの中のリーダー格は、「教え魔」のルイス・イリサールだ。一流ホテルの総料理長を歴任後、スペイン一の料理学校の誉れが高い「ルイス・イリサール・クッキングスクール」を設立し、数多くのシェフを育てた。愛弟子の一人が、ミシュラン1つ星の「レストランテ・ココチャ」のシェフ、ダニエル・ロペスだ。

右から3人目がルイス・イリサール。左から3人目がファンマリ・アルサック。左から5人目がペドロ・スビハナ
写真提供:ペドロ・スビハナ(1981年にサン・セバスティアン港にて撮影)
出典:「バル、タパス、アルサック」(石井兄弟社)
文:石井 至『新バスク料理とは』